話題がもうほとんど「
日向清人のビジネス英語雑記帳」とは関係なくなっているが話の流れがあるので一応そのままにしておく。
「わからない単語を類推するのは受験における戦術ではないか?」
という話。
損を避けようとして被るさらなる損というのは前々回で書いたとおり「文脈の勝手な解釈」を引き起こしやすい、ということだがあまり納得してもらえないのではないかと思う。
納得できないどころではなく、
「類推しようとして文脈を丹念に読むことになるから、かえって類推したほうがよく文章を理解できる。類推するな、などというのはまったく馬鹿げている」
という意見すらあるだろう。
しかし、逆説的な話だが、類推は“やろうと思って”できるものではない。
「ふだん英文を読むときは類推をしょっちゅうするし、言うほど難しいものではない。というより文脈から簡単に類推できるだろ。」
という人は、実は類推しようと思っているのではない。
もう少し正確に言うと、「この単語知らないぞ、さあ困った。じゃあ類推するか」と考えたりはしない。ほぼまったく意識せずに自然に英文を読む流れの中で「この単語知らんけどこういう意味だろ、たぶん。」という感覚でいる。
つまりとりたてて「類推する」などと意識することがない。
それに比べて受験生が“類推”をする場合、「この単語知らない!困った、どういう意味だろ。文脈から類推すればわかる…かな?」となる。
この違いは何かといえば、まさに「文脈が読み取れていれば、未知の単語の類推は容易」ということに尽きる。
そして、「文脈が読み取れていれば、未知の単語の類推は容易」の裏返しで、未知の単語に出くわして『類推しなければ』と思うこと自体、文脈が読み取れていないことそのものの現れなのである。
『日向清人のビジネス英語雑記帳』
http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2007/03/post_348.html の質問9にあるとおり、文章の98%がわかっていなければ類推はできない。
このことから逆に考えると、自然に類推できない状態、つまり「類推しなければ」と思うようだったら、そこだけ読めないのではなく他に正しく読めていない部分があると思ったほうがいいということになる。
受験生ならば未知の単語を無視してみてどうにも文意が取れない場合、実は他の重要な部分が読み取れていない可能性が大である。それは文構造であったり、文章のテーマであったりとさまざまである。
そして、“類推”して和訳をでっち上げようとすることによって、実は文脈が読み取れていないということに気づかなくなる。
小手先で目前の問題に何とか対処しようとすることに囚われて、大元の間違いに目を向けられない。
こうなるともう全てが崩壊する怖れが強くなる。当該の問題で部分点を拾えても、内容一致問題などで大きく点を落とすことになる。
こうした傾向は特にセンター試験で顕著になる。
さてうまくまとまっていないが、とにかく類推はするな!ということだ。
類推しなければならないような状況に至ったら、それはもう自分でなんとかできる範疇を越えた障害だとあきらめるしかない。
要するに「知らないのだからしょうがない」のである。
無駄に類推しようとするのは愚の骨頂だと俺は思う。
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- 2008/03/12(水) 09:15:59|
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最近リンクを頂いた。で、一応こちらからもメッセージを送っておいた。
んでね、リンクって結構重要みたい。っつかリンクされるありがたみってまだいまいち実感できていないけど、こちらからリンクして「こういう良質のサイトさんがあるよ」って情報は伝えていくべきだなあと思ったりするわけ。
[リンク]の続きを読むテーマ:大学受験 - ジャンル:学校・教育
- 2008/02/05(火) 01:31:54|
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